日光 *冬*

先週末に熱が出た。
金曜日、妙な咳が止まらないので用心はしていたが、赴任先から自宅 への長距離ドライブがとどめをさしたのか、夜半には38度を超えた。
朝無理やり眼を覚ますのだが、体がいう事をきかない。どうしても出かける用事があるので上体を起こして熱を測る。
39度2分。 そのまま3日間寝込んでしまう、これが始まりの日であった。

3日目、止むに止まれず医者にかかる。処方された解熱鎮痛剤が驚くほど効き、熱は一時的に37度5分まで下がった。そうなれば、職場復帰は当然の成り行き。多少ふらつき、咳をケホケホさせながら栃木へ出稼ぎに戻る。
熱は下がれど、咳はすこしずつたちの悪さをましてゆき、友人に頼んで処方してもらった薬が効かなくなってくる。妻に行くなと念を押されて入るが、週末のスノーハイクのために、だましだまし1週間。やはり体は正直で、動こうとすると、外に出ようとすると激しく咳き込む始末。こんな症状では同行者に迷惑がかかる。そう自分に言い聞かせて参加を断念した。週末は自宅に帰らず、赴任先で寝て過ごす。諦めとともにため息をつく。  ついでに咳を5連発。

高速とは便利なもので、12時30分に家を出たのに、午後2時には光徳の駐車場に着いている。

咳き込むのだが、どうしても晴天の雪原に出たくて、ついついスキーを履き・・・・・気が付けば歩いておりました。
午後ともなると、そろそろ帰り支度をはじめるスノーハイカーたちを尻目に、そそくさと準備をして光徳の雪原へ。空は青く、風も無く、真っ白な雪原がまぶしかったです。

一人、牧場の北側の柵まで回りこんで、踏み後のない雪原からアプローチ。

静かで、穏やかで、軽快で、ああっ なんて良い道具なんだろう!
するりと滑る右足について、私の体がゆるやかに移動を開始する感覚をなにに例えればよいのだろうか?
森を抜ける冷気と、舞い散る雪煙が肺いっぱいに満たされたとき、この患った咳がこのまま消え去ればよいのに。

*****

1995年、私の長男は3歳であった。
そんな年頃の男の子をそりに乗せて、スキーで森を散歩する親子がいた。母親の姿はそばに見られない。父の力強い背中越しに、白い息が上がる。その後ろで子ははしゃぎ、その一帯だけがふしぎとセピアあびたような風景に見えて目をこすった。

そうだ、あのときの私たちに似ている。

私は、彼を背中合わせにおんぶしていた。初めて間もない歩くスキーをつけて、人気の少ない森を随分と歩き回った。彼は収支ご機嫌で、はしゃぎ、よろこび、そしていっしょに歌まで歌ったものだった。どんな歌かは忘れてしまったが、たしか緩い下りのスロープで、彼が背中越しに私のストックをふざけて握り締めたため、バランスを崩しそうになったのを忘れない。

父はころばなかった。歌も・・止めなかった。背中は冷汗をしっとりかいて、右足は痙攣しそうだったはずである。けれども笑いつづけて、子とともに歌いつづけ、しっかりと雪原に止まった。

あのころの私たちに似ている。

*****

歩くスキーはスムーズで静かである。
まして一人だと、そしてそれが、体力が下り坂の中年の男の滑りとなると、ゆるりと仕草が、スーツと音までが森に溶け込む。
カラマツの枝を縫うように小鳥達がやってくる。くちばしで樹皮をめくりながら逆さに樹幹を下降する。ゴジュウカラの群れである。
一時、私は彼らに囲まれ、泣き声と仕草の中心にいることに気が付いて身震いした。
1m以上積もった雪が私を彼らの世界に少し押し上げ、わずかに重ねた齢が捕食者としての殺気を薄めたのかも知れない。

さえずり、飛翔、羽ばたき。
身じろぎできないほど、ジーンと暖かで幸福。
  ありがとう。


山間の日没は早い。
午後3時を過ぎれば、日が翳るくぼ地は少し肌寒い。好天の名残を惜しむように、明るい場所を求めて徘徊する。
ほんとうはいまごろ、雲龍渓谷の氷結した滝を友人たちと巡る、そんなツアーの帰路にいたはずであった。

久しぶりの、友人との雪遊びを楽しみにしていたのだが、気まぐれな吹雪のようにおしよせる咳には勝てなかった。穏やかな夕暮れ間近の雪原で、「もしかしたら行けたのじゃないか?」。ふとそんな気がしてきたのをかき消すように、いやな音をたてて私の気管支と喉が悲鳴をあげ始めた。

そろそろ帰らなければ。

- 完 -

病気でも遊びに行くバカ中年- それでもあなたはいっちゃうの? -

1月下旬に大きな風邪を患いまして、どうしても咳が収まらず、週末は自宅に帰らずに休養の予定でした。が、あまりの天気のよさに・・・・我慢できず・・・・咳き込む体に鞭打って・・・・日光へ行ってしまいました。

まだ咳が止まんないんです。
それなのに今週末は西洋カンジキをはいて長野県菅平の根子岳に登山。
ご同輩、いいかげんにしろとたしなめられる事が増えてきていませんか?
いえね、そんな気がしただけです。 
 「お前といっしょにするな」。   ごもっともな話です。

Taka  2003年2月17日